|
Viola Dream II
滋賀県野洲郡野洲町のすみれの分布を調査し始めて半年が過ぎた。私
は仕事柄、出張や外勤で日本各地に出かけることが多いし、趣味で旅行す るのも好きである。昨年まではどこへ出かけても海ばかり見て、魚釣りのこ としか考えていなかった。しかし、すみれのホームページを立ち上げてから は、どこへ行ってもすみれを探すようになった。
どこへ行っても目に付くのがツボスミレ、スミレ、ヒメスミレである。ツボスミ
レはいかにも『自生している』といった生え方で、日本全国の低山や山里で 見ることができる。滋賀県内でもこのすみれが生えていない山などないので はないかとさえ思える。
一方、スミレとヒメスミレはツボスミレと同様、日本各地に広く分布している
が、ツボスミレとは少し事情が違うように思う。ツボスミレが『その土地のそ の土』に根ざしているのに対して、スミレとヒメスミレはむしろ『その土地に人 為的に作られた場所』に生えていることが多い。具体的に言うと、スミレの場 合は交差点、中央分離帯や花壇のような場所であり、ヒメスミレの場合はア スファルト道路の脇である。
スミレとヒメスミレが日本に広く分布していることは事実であるが、彼女た
ちは自分たちの力だけでその分布域を広げたのであろうか。私はそうでは ないと思う。彼女たちの分布域拡大には人間の協力、あるいはすみれたち のしたたかな生存戦略があったのだと思う。
交通手段の目覚しい発達によって私たちの生活はとても便利になった。日
本のどこであっても宅急便なら預けた荷物が翌日には届けられる(一部の 地域は翌々日であるが)。新幹線は時速300km近いスピードで走り、ノート パソコンの電池がなくなる前に大阪から東京まで行ってしまう。勿論何事に も良い面があれば悪い面もあるわけで、以前なら"出張"だった滋賀県⇔岩 手県も今では"日帰り"で行くことがある。まあ、さっさと仕事ができるので効 率が良いとも言えるのだけれど。
人間以外の生き物たちにとって、この発達した交通機関を利用しない手は
ないらしい。鉄道に乗って分布域を広げたアオマツムシはその有名な例で あろう。私の専門である植物病理の世界でも、ブドウの重要な病気、べと病 がアメリカからフランスへ渡った例が知られている。この場合は人間の手で 運ばれたブドウの苗木に病原菌がくっついて移動したのである。
スミレやヒメスミレもこの交通機関をちゃっかり利用した生き物の一つでは
ないだろうか。すみれの種はタンポポのように空を飛ぶことができないし、オ ナモミのように服にくっついて運ばれることも無い。それでも土と一緒に人の 手で運ばれるならスミレやヒメスミレにもチャンスはある。あとはいっしょに運 ばれる他の植物との競争に如何に勝つかである。
例えばヒメスミレは他の植物と比べて熱に対する耐性が強いのではないだ
ろうか。舗装の際のアスファルトの熱に耐え、また、夏の太陽で熱せられた アスファルトに接していても彼女たちは平然としているように見える。どなた か実験してみると面白いかもしれない。
乾燥や暑さ(熱さ?)に対して強いスミレやヒメスミレはその能力を発揮す
ることで分布域を広げることに成功したのではないだろうか。旅と言うのは 楽しいものだけれど、それでいて結構疲れるものでもある。スミレとヒメスミ レは、すみれの中では旅慣れた部類なのかもしれない。
そう言えば、私が所属する研究所に以前勤務していた3人の女性研究員
のことを思い出した。女、女、女と女を三つ書いたら姦しい(かしましい)とは よく言ったもので、全く彼女たちの賑やかさには閉口したものだった。それ はともかく、面白かったのは彼女たち3人が海外旅行に行った時の話であ る。一般に女性は旅行の時に荷物が多いのであるが、3人の中に一人、荷 物が極端に少ない女性がいた。仮に彼女をTさんとしよう。Tさんは貸し借り できないもの以外は持って行かなかったそうである。他の二人から借用でき るものは全て借りたそうな。旅慣れているというか何と言うか。
すみれの仲間でもきっとスミレとヒメスミレは可憐に見えても旅慣れた逞し
いすみれに違いない。こんなふうに考えると、さて、それではスミレとヒメスミ レの"実家"はどこだったのかな、なんてことまで考えてしまう。はるかな未 来、タイムマシンで過去を旅することができるようになったらその答えが出 せるのだろうか。
2003年12月7日
https://ss295031.stars.ne.jp/
|